1.講座・ゼミ
@ COE 特別講座 東京外国語大学教授 谷川道子氏
《ドイツ現代演劇(研究)の構図》
(「西洋演劇特論」として、大学院文学研究科に設置。毎週金曜5限文学部31 号館207 教室)
ドイツ演劇研究の第一人者として国内外で精力的に活動しておられる谷川道子氏を講師に迎え、週1回授業形式のセミナーを行なっている。「パフォーマンス」という語の流行に象徴される演劇概念の揺らぎはいまや世界共通の趨勢であろうが、そういう中でもドイツ語圏の演劇は、戯曲(ドラマ)と演劇(シアター)の両極を見据えつつ、作品・上演実践においても、理論・研究においても、世界的な影響においてきわめて独自の位置を占めていると言えるだろう。その変容の根源的な様相を、20
世紀ドイツ発信のベルトルト・ブレヒトとハイナー・ミュラーを主な手がかりに、さらにポスト・ブレヒト演劇から「ポストドラマ演劇」、21
世紀の「可能性としての演劇」に向けて、作品と上演実践と演劇理論をトライアングルに見据えつつ、さまざまな角度から考察している。ビデオなどの視聴覚教材も豊富に使用し、ドイツ演劇が専門でない特別研究生の研究関心ともクロス・リンクしつつ、ドイツ演劇にとどまらないグローバルな視点から活発な討議を行なっている。
A COE 演劇論講座 関西外国語大学教授 藤井康生氏
《バロック演劇とは何か―その系譜と文明史的意義―》
『幻想劇場』、『フランス・バロック演劇研究』の著者で、その分野の第一人者である藤井康生氏を講師に迎え、17世紀を中心とするバロック演劇についての講座を開設している。フランスの17
世紀は古典主義とバロックという演劇の二大潮流が悲劇と悲喜劇という劇形式を通じてもっともダイナミックに拮抗した時代である。バロック的なるものは古典主義から近代自然主義演劇への系譜を主流とする近代的な演劇史観の埒外におかれていくことになるが、近年では、ヨーロッパの精神史・文化史の底流に流れる重要な概念として新たな光が当てられている。この講座は、ヘルメス思想など、思想的・文化的背景をも射程に収めつつ、バロック演劇の様相を緻密に分析する作業をとおして、近・現代演劇につながる〈バロック〉の概念を洗いなおすものである。すでに2
回の講座を終え、今年度中にあと2回開催する予定である。
第1回 2004 年4月24 日(土) 午後14 時40 分〜 17時50 分 6号館318 教室
第2回 2004 年6月28 日(月) 午後1時〜4時 文学部31 号館3階311 教室
第3回 2004 年12 月13 日(月) 午後4時30 分〜午後6時30 分 文学部第会議室(予定)
第4回 2005 年1月(日時未定)
B COE ゼミ
《博士論文執筆支援と演劇研究の方法論の探究》
当コースでは、博士論文執筆を支援するために、通常の指導とは別に、特別研究生を集めて各自の進行状況について報告させ、教員が集団指導を行なう場を年に数回設けている。このゼミは、博士論文執筆指導にとどまらず、これからの演劇研究を担いうる若手研究者を育成する場でもある。したがって、特別研究生は単に指導を受けるのではなく、主体的に参加し、研究対象とする国や言語、ジャンルの違いを超えて演劇学をめぐる諸問題についてディスカッションを行ない、互いに刺激しあうことを要求される。そうしたディスカッションを通じて、主として欧米における舞台芸術の歴史と現状を検証し、演劇学といういまだ確立されていない研究分野の可能性について模索し、演劇研究の方法論を探究することがこのゼミの究極的な目標である。今年度は、すでに以下の3回のゼミを開催した。
第1回 4月24 日(土)
当コースの説明会と顔合わせを兼ねて、各自の研究テーマについて報告し、意見交換を行なった。また、今後の予定を決定した。
第2回 5月12 日(土)
COE 助手の司会・進行により、COE 特別研究生が各の研究と博士論文の進行状況について報告し、それにづいて質疑応答と討議を行った。フランス演劇、ドイ演劇、イギリス演劇、アイルランド演劇、比較演劇など対象とする国や言語、時代の多様性を超えて、1930
年の世界の演劇状況など、幾つかの共通する関心や問題点課題が浮上し、今後に向けて有意義な場となった。
第3回 6月14 日(月)
特別研究生の萩原健氏によるピスカートアに関する博士論文経過報告とディスカッションを行なった。ドイツの演出家ピスカートアは、1920
年代に活躍しブレヒトをはじめとする後続の劇作家に与えた影響は計りしれない。ピスカートアの、主として〈モンタージュ〉の技法についての萩原氏の報告を受けて、活発な討議が行なわれた。7月は特別研究生の研究発表会が開催されたため、本コース独自のゼミは行なわなかったが、研究発表会において、本コースの川島健氏が、ロンドン大学に提出予定の博士論文の一部である、ベケットの『勝負の終わり』を中心とする演劇作品におけるアナロジーについて、緻密なテクスト分析に基づいた研究発表を行なった。後期も引き続き、ゼミを開催する予定である。
C外国語によるCOE ゼミ
演劇研究における国際交流は、本コースが掲げる活動基盤のひとつであるが、そこで必要になるのが外国語による討論のスキルである。殊にアジア・アフリカ・欧米の研究者が一堂に会する国際的な学会では、多くの場合英語が公用となっており、どの分野を専門にするにしても、英語でのディスカッションが可能であることは、既に現代の研究者には前提となりつつある。しかし、演劇学に関しては国際交流の歴史が浅いこともあり、とりわけ外国文学・言語系の課程出身でない者にとっては、討論等を訓練する環境がほとんど整備されていなかった。また、主専門である国の言語には長けていても、英語は訓練していないというような「専門性による弊害」も小さくはない。そこで英国ルネサンス演劇を専門とする早稲田大学文学部アントニー・マーティン助教授によるゼミを設置し、英語で発表・討議を行っている。
2003 年度後期以降、講義形式から参加者各自の研究テーマによる発表形式へと移行し、参加者全員が英語での発表・議論を行っている。2004
年度前期はマーティン研究室で隔週開講された。
参加者個々の発表内容は、以下の通りである。
森本 美樹 ピューリタン革命によってイングランドの演劇活動が弾圧される社会背景の考察と、その状況下で上演された作品内容について。
川島 健 サミュエル・ベケットにおけるアナロジー概念の検証―エッセイと戯曲から、象徴的な解釈を許さないその方法論の抽出を試みる。
多田 茂史 新歴史主義者の代表的存在、スティーヴン・グリーンブラットの著作を主題に、対象を扱う手つきを通じて批評家としての彼の立場を考察。
中垣 恒太郎 「19 世紀アメリカ演劇文化研究」として、アジア系が登場するフロンティア・ドラマの変遷を中心に、異人種が舞台の上でいかに表象されているかを展望。
村井 華代 キリスト教における反演劇テクストについて―キリスト教的倫理観において卑しめられる「芝居」とは何か
2.講演会/シンポジウム/ワークショップ
@アリエル・ドーフマン氏講演会
「 人権、悲劇、そして演劇
―グローバル化時代に演劇の限界はあるのか?」
4 月10 日(土)午後2時〜5時 14 号館102 教室
『ドナルド・ダックを読む』『死と乙女』などで世界的に知られる作家・劇作家・詩人・批評家・人権運動活動家であるアリエル・ドーフマン氏は、2004
年4月12 日から上演された彼の新しい戯曲『THE OTHER SIDE /線のむこう側』の初日に立ち会うため、新国立劇場の招聘により来日した。早稲田大学演劇研究センターでは21世紀COE
プログラムの一環として、文学部英文専修との共催により、4月10 日(土)午後2時より早稲田大学14 号館102 教室において《アリエル・ドーフマン氏講演会》を催した。
講演会は二部構成で、第一部では当コース教員・水谷八也が劇作家としてのドーフマン氏のアイデンティティとも言える1973 年9月11
日のチリ軍事クーデターを中心にチリの歴史を概観し、彼の代表的な戯曲『死と乙女』『谷間の女たち』を解説した。続いて演出家で演劇制作体〈地人会〉の主宰者・木村光一氏、今回ドーフマン氏に戯曲執筆を依頼した新国立劇場演劇芸術監督の栗山民也氏を迎え、「日本におけるドーフマン戯曲上演の意義」について話し合われ、劇作家としてのドーフマン氏の特質を明確にした。
休憩の後、ドーフマン氏の講演「人権、悲劇、そして演劇 グローバル化時代に演劇の限界はあるのか?」が行われた。通訳は2001 年9月11
日のテロを現地ニューヨークで体験した作家の堤未果氏。講演は、『死と乙女』と『谷間の女たち』の創作過程と、それぞれの作品に対する世界の評価から見えてくる作品の持つ限界、グローバル化時代に「第三世界」から事実を歪曲せずに発信することの困難、にもかかわらず創作を続けざるを得ない芸術的苦悩を中心に語られた。チリに源流を持ちつつも、決して地域性にこもることなく、西欧近代が現在直面している問題を的確に摘出しようとする劇作家の姿が浮き彫りになる、時宜にかなった刺激的な内容であった。講演は、彼がアムネスティ活動の一環として書いた戯曲『遠い闇からの声』―世界各地で人権擁護のために立ち上がった人々の証言のコラージュ―の最後の詩を自ら朗読して終わった。テーマの重さとは裏腹の、聴衆を包み込むような優しい声での朗読は、立ち見まで出た会場満杯の聴衆に大きな感動を与えた。
なお、雑誌『悲劇喜劇』(早川書房)七月号に第二部のドーフマン氏の講演が、八月号に第一部の鼎談が掲載された。
A「 現代フランス舞台芸術の一週間」
8 月28 日(土)〜9月4日(土)
在日フランス大使館文化部の助成を得て、フランスから舞台芸術に関わる研究者・実践者を招き、研究会、レクチャー、シンポジウム、5日間のワークショップ(成果発表とディスカッションを含む)を企画し、実施した。なお、この企画は、前年度に実施した同様の3回の講演会、および2回のワークショップに引き続いて実施したものである。多数の参加者を得て、充実した5日間となった。
招聘したのは、新進気鋭の研究者であるポワチエ大学助教授(演劇学、教授資格保有)クリストフ・トリオー氏、フランスを代表する演出家として国際的に注目されているフレデリック・フィスバック氏、イタリア出身でフランスで活躍し、フィスバック作品にも多数出演経験を持つ俳優・ダンサーであるジュゼッペ・モリノ氏の3
人である。
尚、この企画については、詳細な報告書が紀要IVに掲載されているので、そちらを参照されたい。
Bアレクサンドル・チュダコフ氏講演会
「チェーホフと現代」
9 月28 日(火)午後6時30 分〜8時30 分
文学部第一会議室
ロシアより来日中のアレクサンドル・チュダコフ氏による公開講演会「チェーホフと現代」を行なった。チュダ
コフ氏は文学研究者、作家、ロシア科学アカデミー世界文学研究所主任研究員でチェーホフ研究の第一人者。主著に『チェーホフの詩学』などがある。通訳は安達紀子氏(早稲田大学講師)。なお、この講演会は日本ロシア文学会の協力のもとに、21
世紀COE 演劇研究センターと早稲田大学ロシア文学会とが共催したものである。会場には学内外から40 名ほどの聴衆が集まった。チュダコフ氏の講演は、ユーモアを交えた語り口で、エコロジー問題を枕に、チェーホフのテクストにおける物の機能を考察するものであった。チェーホフにおいては、物が主題構成上の機能を果たしておらず、いわば何の役にも立たない裸の物として存在する。物とのこうした新しい関係あるいは無関係が、チェーホフ的な世界を特徴づけていると氏は指摘する。講演の後、質疑応答がおこなわれた。
3.日本演劇学会全国大会共催企画
6 月25 日(金)〜 27 日(日)の3日間、早稲田大学国際会議場と小野講堂において、本COE との共催により、日本演劇学会全国大会が、「演劇における〈奇〉」というテーマで開催された。当コースは、以下のリーディングおよびシンポジウムを企画・実行した。
@プレ・イヴェント《サラ・ケインをめぐって》
6月25 日(金)午後5時〜8時15 分
国際会議場井深大記念ホール
1990 年代に活躍し世界の注目を浴びながら1999 年に自殺したイギリスの劇作家サラ・ケインをとりあげ、前半は1999 年の作品『渇望』のリーディング公演を行なった。国際的に活躍する演出家・川村毅氏の演出、共立女子大学の谷岡健彦氏の翻訳による、本邦初訳・初演。劇場ではない大学のステージを使用したリーディング公演とはいえ、その緊密に構成された斬新な舞台は、演劇学会会員のみならず、一般参加者をも魅了した。
後半は、上記の川村氏と谷岡氏に加え、アメリカ演劇を中心とする西洋演劇研究者の日本橋学館大学教授・斎藤偕子氏、ラカンの理論などを援用した文学批評でも知られる精神科医・斎藤環氏というユニークな顔ぶれのゲストを迎え、当コース教員・藤井慎太郎の司会により、シンポジウムを行なった。それぞれの立場から刺激的な報告がなされ、会場は大いに盛り上がった。
尚、本番に先立つ準備企画として、6月8日午後3時20 分〜5時50 分まで文学部第4会議室において翻訳の谷岡健彦氏をお招きし、『渇望』の原書Crave
を読む会を開催した。
A パネル・セッション
《ベケットの後期演劇における〈奇〉なる身体と言語》
6月27 日(日)午後1時50 分〜3時50 分
国際会議場第3会議室
テル・アヴィヴ大学教授で元・国際ベケット学会会長のリンダ・ベン‐ツヴィ氏、「ベケット・ライヴ」と銘打っ
てベケットの後期作品を上演し続けている俳優の鈴木理江子氏をゲストに迎え、青山大学教授でベケット研究を専攻する堀真理子氏のコーディネート、当コース教員の岡室美奈子の司会により、『わたしじゃない』を中心とするサミュエル・ベケットの後期演劇をめぐってシンポジウムを行なった。
人間の身体が捨象され、〈口〉だけが洪水のように言葉を語り続けるという特異な演劇『わたしじゃない』について、ベン? ツヴィ氏はフェミニズムの視点から舞台版とテレビ版を比較しつつ舞台で演じることの意義につ
いて論じ、鈴木氏は、この〈口〉を俳優として演じることの難しさと魅力について語り、堀氏はさまざまな批評
や研究を、岡室は自身の特異な観劇体験をそれぞれ踏まえて報告した。限られた時間の中で、豊富なビデオ映像を駆使しつつ、密度の濃い議論が交わされた。尚、映像機器の操作を担当したCOE
客員助手の長島確、通訳を担当した古東祐美子氏と武部好子氏は、みな新進気鋭のベケット研究者であり、国境や世代、研究と実践の境界を超えて力を結集したという点でも、意義深いシンポジウムであった。
4.各プロジェクトの活動(担当者五十音順)
【比較演劇研究】(担当:秋葉裕一)
本プロジェクトの研究課題は、ベルトルト・ブレヒトとその各国における受容である。今年度は、昨年度に引
き続き、日本における受容を中心に研究活動を続けている。2004 年は千田是也生誕百年に当たり、10 月から早稲田大学演劇博物館の企画展示「千田是也展」が開催されている。11
月にはシンポジウムが予定されている。その全体テーマは「千田是也―いま振り返る“ 新劇の巨人”」である。20 世紀の90 年間を生きた千田是也の生涯と仕事を抜きにしては、日本におけるブレヒト受容を語ることができない。今年度はとくに上記の催しに焦点を絞り、その準備や調査に力を注いできた。11
月のシンポジウムでは、小沢昭一氏(俳優)、中野誠也氏(俳優)、佐藤信氏(演出家)、扇田昭彦氏(演劇批評)、谷川道子氏(演劇学)の参加を得て、「新劇の巨人」の足跡を辿ろうとする。さまざまな視角から、巨大な演劇人の業績の跡を辿り、それを確認していきたい。
本プロジェクトの担当者(秋葉)は、21 世紀COE 事業推進担当者のギュンター・ツォーベル、丸本隆らとと
もに、8月から9月にかけてドイツ連邦共和国のマイニンゲン演劇博物館、ライプツィヒ大学演劇科を訪問し、彼地の研究者と交流する機会に恵まれた。同時に、この時期にベルリンで開催されていた「千田是也展」を訪れることもできた。ちなみに、展示を準備したフンボルト大学付属森鴎外記念館ベアーテ・ヴェーバー女史には、シンポジウムでは「千田先生のドイツとの縁(えにし)」という演題で講演をしていただくこととなっている。ブレヒトを日本の観客・読者に精力的に紹介した千田是也が、逆にドイツにおいてどのように受容されることになるのか、興味は尽きない。ブレヒトを核として相互に影響を与え合う演劇、文化の在り様を眺め、考えていきたい。
【ベケット・ゼミ】(担当:岡室美奈子)
2006 年にCOE 事業として開催を予定しているベケット生誕100 周年記念国際研究集会に向けて、日本のベケット研究のレヴェルアップを目指し、月1回のペースでゼミを開催して研究報告と討議を行なっている。(会場は、第4回を除いて6号館307
号室。)
第1回2004 年5月15 日(土)13:00 〜 17:00新たなメンバーを迎え、各人が自己紹介をかねて、研究テーマと進行状況について、短いプレゼンテーションを行なった。テーマは以下のとおり。
岡室美奈子 「ベケット、イェイツ、ジョイスを結ぶ錬金術思想について」
長島確 「散文作品―後期三部作を中心に」
武部好子 「ベケット演劇における幾何学的精神」
菊池慶子 「『伴侶』における笑いとナンセンス」
片岡昇 「自分のなかに巣くっている他者―『幽霊トリオ』他」
鈴木哲平 「ベケットの小説作法と劇作法について」
島貫葉子 「『ゴドーを待ちながら』から『プルースト』へ」
第2回2004 年6月12 日(土)13:00 〜 18:00
報告:長島確「複数性と同一性について」
同じ作品に二つのテクストが存在する、一つの戯曲をもとに複数の上演が行われる等、複数あるものが「同一である」と言う時、その根拠はどこに求められるのかという問題提起に始まり、べケットの自己翻訳をめぐる問題にまで敷衍しつつ、複数性と同一性をキーワードに、ベルクソンやドゥルーズの思想を参照しつつ、新たなベケット研究の地平を切り拓く興味深い報告がなされた。
第3回2004 年7月3日(土)13:00 〜 18:00
報告: 鈴木哲平“The ambiguity in Narration and its Communicativefunction
in Samuel Bekckett’s Molloy”
島貫葉子“Beckett’s anti-intellectualism in Proust”
両名とも、日本サミュエル・ベケット研究会(7月10日)での英語発表を控えており、その発表原稿の検討を
行なった。鈴木氏は小説『モロイ』における語りの問題を扱い、島貫氏はベケットのプルースト論に見られるベケットの思想をめぐる考察を英語で行なった。こうした地道な訓練を積み重ね、2006
年にCOE 企画として開催予定の国際ベケット・シンポジウムで若い研究者たちが自信をもって活躍できる素地を整えていくことも本ゼミの目的の一つである。
第4回2004 年9月18 日(土)13:00 〜 18:00
早稲田大学国際会議場4階共同研究室
担当教員の岡室は、夏期休暇中にイギリス・レディング大学に設置されているベケット・アーカイヴに出張し、ベケット国際基金との共同プロジェクトとして、1953
年パリのバビロン座における『ゴドーを待ちながら』世界初演以来約50 年間の上演資料のPDF 化を推進した。今回はまず、岡室がその上演資料PDF
のデモンストレーションを行ない、引き続いて各メンバーの夏休み中の研究経過の報告と、ベケットの難解なプルースト論(『プルースト』)をめぐる報告と討議が行なわれた。発表者:島貫葉子「『プルースト』における『職人』について」
ベケットの『プルースト』における『失われたときを求めて』からの不自然な引用に着目しつつ、ベケットが提
示する「芸術家」と「職人」という概念についての考察が報告された。若きベケットの芸術観を考える上で、重
要な指摘であった。
第5回2004 年10 月2日(土)13:00 〜 18:00
発表者:川島健「本質的なものと副次的なもの:ベケットの30 年代批評文」
これまで批評家としてのベケットにはあまり関心が払われてこなかった。とりわけ1930 年代の批評に関する先行研究は少ない。1930
年代のモダニズムの作家たちをめぐるベケットの批評文を丹念に読み解き、ベケットとモダニズムの関係について緻密に論じる本報告は、今後スケールの大きな研究へと発展していくことを予感させるものであった。
【ヨーロッパの演劇博物館と日本演劇関係収蔵資料】(担当:ギュンター・ツォーベル)
○研究会
本プロジェクトでは、月に一度研究会を開催している。今年度は、ヨーロッパ、とくにドイツの演劇博物館の日本演劇関係収蔵資料に関する調査研究と、2004年8月にドイツのマイニンゲン演劇博物館で行なわれた早稲田大学演劇博物館との交流事業へ向けた準備を中心に活動した。
マイニンゲン演劇博物館における、早稲田大学演劇博物館交流記念コーナー開設にあたり、展示資料の準
備、日本演劇に関する解説パネルの翻訳作業、早稲田大学演劇博物館の写真撮影を行なった。日本演劇関係収蔵資料については、ベルリンの諸演劇文庫収蔵の資料に関する報告(M・ロェマー)、イタリアの諸演劇博物館収蔵の資料に関する報告(C・L・von
ハートゥンゲン- 丸山、S・パルミジァーノ)が行なわれた。またドイツ訪問中、ライプツィヒ民族博物館、およびケルン大学演劇文庫収蔵の日本の仮面の調査(G・ツォーベル)を行なった。
○ドイツ訪問(次頁に日程表掲載)
2004 年8月から9月にかけ研究会メンバーはドイツを訪問した。訪問の目的は、以下の三点であった。
1) 早稲田大学演劇博物館の提携機関であるマイニンゲン演劇博物館内の、早稲田大学演劇博物館記念
コーナー開設の補助および開会式への出席
2) 早稲田大学の協定校であるライプツィヒ大学の演劇研究所における研究発表、同大学との学術交流
3) ドイツの諸文庫・博物館所蔵の日本演劇関係資料調査
8/18 |
マイニンゲン |
早稲田大学演劇博物館記念コーナー開会式
(マイニンゲン演劇博物館) |
8/19 |
ライプツィヒ |
研究発表(ライプツィヒ大学演劇研究所)
長谷川悦朗
“Zur Geschichte der Theaterwissenschaft in Japna”
丸本隆
“Das Frauen-Ensemble Takarazuka, seine Tradition und Gegenwart”
G・ツォーベル
“Die Maskentanz-Tradition in Hahoe bei Andong, Korea, und ihre
Beziehungen zur japanischen Maske und Minzoku-Geino” |
8/20 〜8/22 |
マイニンゲン |
「日本文化週間」への参加(マイニンゲン演劇博物館) |
9/9〜9/10 |
デュッセルドルフ |
資料収集(デュッセルドルフ演劇博物館、ツォーンス演劇博物館) |
9/13 |
ポルツ・ワーン |
資料収集(ケルン大学演劇資料文庫) |
【オペラ/音楽劇の演劇学的アプローチ】(担当:丸本隆)
「演劇の総合的研究と演劇学の確立」という本COE 事業の大目標のもとで、演劇・音楽・オペラ・文学・思想・歴史・ジェンダー論等を専門とする多彩な研究者を結集し、演劇学に立脚したオペラ/音楽劇の総合的・学際的アプローチを目指す研究を推進してきた本プロジェクトは、この一年間特に、出版物による研究成果の公刊を視野に入れた、各参加者による発表、特に第18
回以降は論文執筆と合評会を中心とする活動を展開してきた。それは約20 名におよぶ執筆予定者が順次、自分の完成途上の論文をメールで提示し、他の参加者がそれをあらかじめ精読した上で、1ヶ月1度以上のペースで開催される研究会に集い(出席のかなわぬ者はメールを通じて)、その論文について感想を述べ批評し、さらにそれをめぐって徹底的に議論を展開するという、ハードな方式で行われた。そうしたいわば「相互査読」は、個々の論文やプロジェクト全体のレベルアップ、参加者間の相互理解の進展に大きく貢献したように思われる。出版物は来春完成の予定である。
以下に、2003 年9月以降に開催された研究会の内容を紹介しておきたい。
〈2003 年〉
第11 回 09/30 早崎えりな「フリードリヒ大王の姉、作曲家ヴィルヘルミーネ・フォン・バイロイト」
第12 回 10/28 森本美樹「17 世紀イギリスにおける演劇と音楽」
第13 回 11/25 米田かおり「18 世紀前半におけるイタリアのオペラ活動―ヴィヴァルディのオペラ活動を通して」
第14 回 12/16 神尾達之「旅立つザラストロを包む闇―近代の入り口に立つゲーテの≪魔笛続編≫」
第15 回 12/23 小島康男「18 世紀ドイツの音楽劇理論―演劇と音楽との関連」
八木斉子「「魔」の空間―ヘンリー・パーセルと舞台」
〈2004 年〉
第16 回 01/13 冬木ひろみ「ギリシャ神話からオペラへ―モンテヴェルディとグルックの場合」
第17 回 02/10 中川さつき「メタスタジオのオペラセリア―絶対王政下のユートピア(1)
弓削尚子「歌い演じる女性のキャリア」
第18 回 03/03 長谷川悦朗「ジングシュピールから国民的オペラへの道― 18 世紀中部ドイツを巡った未完のプロジェクト」
丸本隆編著、伊藤直子・長谷川悦朗・濱野智子他著『オペラの18 世紀』(彩流社、2003 年刊)合評会
第19 回 03/17 今村武 「疾風怒濤のドン・ジョヴァンニ」
講演 佐竹淳(講師、国立音楽大学)「初期オペラの復活上演をめぐって」
第20 回 03/31 中川さつき「メタスタジオのオペラセリア―絶対王政下のユートピア(2)」
清水英夫「オペラのなかの舞踊―ド・カユザックの音楽劇理論」
第21 回 04/27 八木斉子「パーセルとセミオペラ―17 世紀ロンドンの最後のかがやき」
山田高誌 「町から宮廷へ、娯楽から作品へ―ナポリの喜劇オペラの転換点1760-70 年代」
第22 回 05/11 丸本隆「オペラ研究の現状と課題―学際的・総合的アプローチを目指して」
第23 回 06/01 米田かおり「18 世紀前半におけるイタリアのオペラ製作事情―アントニオ・ヴィヴァルディのオペラ活動を通して」
神尾達之「つまづくザラストロ、息切れするパパゲーノ―モダンへの閾としてのゲーテ:≪魔笛第二部断片≫」
第24 回 06/22 森佳子「17 世紀フランス・オペラの、バロックからの脱却―フィリドールの挑戦≪エルヌランド≫」
井口三奈子「ヘンデルのオペラ≪セルセ≫と1730 年代のロンドン演劇事情」
第25 回 07/13 伊藤直子「≪永遠の魂≫について―ドイツ語初期オペラに関する一考察」
森本美樹「イギリス共和政期における演劇と音楽―オペラ誕生と社会背景」
第26 回 07/27 冬木ひろみ「2つの≪オルフェーオ≫―モンテヴェルディとグルックの改革をめぐって」
関根裕子「≪ナクソス島のアリアドネ≫における音画― 18 世紀ドイツ・メロドラマにおける台詞と音楽の拮抗」
第27 回 08/03 弓削尚子「カストラート・女性歌手・市民社会のジェンダー」
丸本隆「18 世紀のオペラ・ジャンルとモーツァルト―特にジングシュピールをめぐって」
第28 回 08/10 早崎えりな「バイロイト辺境伯夫人のミューズの館―女性の手による宮廷オペラの道」
濱野智子「≪ロミオとジュリエット≫あるいはハッピーエンドの理由」
第29 回 09/12 小島康男「18 世紀ドイツの音楽劇をめぐる理論―とくに批評家ゴットシェートと喜劇オペラとの関連において」
八木雅子「オペラ・コミック座の誕生と興行システムの変質」
なお上記執筆参加予定者のほかに以下のメンバーが、合評会のコメンテーターや運営協力者などとして、本プロジェクトの活動に加わった。
石井美穂、大崎さやの、荻野静男、萩原健、佐藤英、本山哲人、森田まり子